ファラデーの伝- 質問・ローヤル・ソサイテーの会長・研究と著書 -

四十七、質問

 時々は手紙で質問し、返事を乞うた人もある。この中で面白いのは、ある囚人のよこした手紙である。

「貴下のなされし科学上の大発見を学びおれば、余は禁囚の身の悲しみをも忘れ、また光陰の過ぐるも知らず候」という書き出しで「水の下、地の下で、火薬に点火し得るごとき火花を生ずるに、最も簡単なる電池の組み合わせはいかにすべきや。従来用いしものはウォーラストン氏の原理によりて作れる三十ないし四十個の電池なるも、これにては大に過ぎ、郊外にて用うるには不便に候。これと同様の働きを二個の螺旋(らせん)にてはなし得まじく候や。もしなし得るものとせば、その大さは幾何に候や」というので、つまり科学を戦争に応用せんとするのである。

 囚人でありながら、こんな事を考えていたのはそもそも誰であったろうか。後にナポレオン三世になったルイ・ナポレオンその人で、その頃はハムの城砦(じょうさい)に囚われておったのだ。

 ナポレオンはその後にも「鉛のように軟(やわらか)くて、しかも鎔解しにくい合金は出来まいか。」という質問をよこしたこともある。「実験に入要な費用は別に払うから」ということまで、附記して来た。

 ファラデーの返事は大抵簡単明亮であった。

四十八、ローヤル・ソサイテーの会長

 英国で科学者のもっとも名誉とする位置はローヤル・ソサイテーの会長である。ファラデーは勧められたが、辞退してならなかった。

 一八五七年、ロッテスレー男爵が会長をやめるとき、委員会ではファラデーを会長に推選することになり、ロッテスレー男、グローブ、ガシオットが委員の代表者となって、ファラデーに会長就任を勧めにやって来た。皆が最善(ベスト)をつくして勧めたし、また多数の科学者も均しくこれを希望しておった。

 ファラデーは元来、物事を即決する気風の人で、自分もこれに気づいているので、重要の事はいつも考慮する時間を置いて、しかる後に決定するというのを恒例にした。この時も恒例に従いて、返事は明日ということで、委員の代表者をかえした。

 翌朝、チンダルがファラデーの所に入って来ながら、「どうも心配です。」という。ファラデーは「何にが」という。「いや、昨日来た委員連の希望を御諾(き)きにならないのではあるまいか。それが心配で。」と返事した。ファラデーは「そんな責任の重い位置につくことを勧めてくれるな。」という。チンダルは「いや、私はもちろんお勧めもするし、またこれを御受けになるのが義務と思います。」というた。

 ファラデーは物事をやす受け合いをすることの出来ない性質で、やり出せば充分にやらねば気がすまないし、さもなければ初めからやらないという流儀の人である。それで当時のローヤル・ソサイテーの組織等について多少満足しておらない点があった。それゆえ、会長になれば必ず一と悶着(もんちゃく)起すにきまっているので、「おいそれ」と会長にはならなかったのだ。もちろん、改革に着手するとなれば、ファラデー側の賛成者もあることは確なのである。そんな事で、チンダルは大いに勧めては見た。そのうちにファラデー夫人もはいって来た。これは夫の意見に賛成した。結局ファラデーは辞退してサー・ベンジャミン・ブロージーが会長になった。

 かような理由で、ファラデーは会長にはならなかったが、今日でもローヤル・ソサイテーには委員連がファラデーに会長就任を勧めている所の油画がかけてある。ファラデーになって見れば、会長になったからというて別に名誉が加わりもしなかったろう。却(かえ)ってローヤル・ソサイテーがファラデーを会長になし得なかったことを残り惜しく思うだけである。また王立協会でも、会長のノーサムバーランド侯が死んだとき、幹事連はファラデーを会長に推選したが、この方も断った。英国科学奨励会の会長にもならなかった。

四十九、研究と著書

 ファラデーの研究は非常に多い。題目だけで百五十八で、種々の雑誌や記事に発表してある。短い物も多いが、しかし、そういうものの中にも重要なのがある。また金曜講演の要点を書き取ったような物もその中にある。しかし非常に注意して行うた実験もある。

 ことに電気に関する実験的研究の約三十篇の論文は、その発表も二十六年間にわたり、後で三巻の本にまとめた。人間の事業の最高記念物、新発見の智識の庫として、非常に貴ばれたもので、これを精読して、自分の発見の端緒(いとぐち)を得た人が、どの位あるかわからない。マックスウェルはこれから光の電磁気説を想いついて、理論物理学の大家となり、またエヂソンも面白がって読み耽けり、大発明家となった。

 この本は普通の本とは非常に趣きが異っていて、ファラデーが研究するに当って、いろいろに考えをめぐらした順序から、うまく行かなくて失敗におわった実験の事までも、事細かにすっかりと書いてある。これを読めばいかにして研究すべきかということの強い指針を読者に与えるし、そのうまく行かなかった実験を繰りかえして、発見をした人も少くない。この両方面から見て、非常に貴い本である。

 電磁気以外の研究は「化学および物理学の実験研究」という本に、集めてある。また「化学の手細工」という本を出版したが、これは時勢遅れになったというので、後には絶版にしてしまった。それから、クリスマス講演の中で、「ロウソクの化学史」と、「天然の種々の力とその相互の関係」とが出版されている。いずれも六回の講演で、クルークスの手により出版された。

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入力:松本吉彦、松本庄八 校正:小林繁雄

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